心筋梗塞体験記
- 公彦 漆

- 6月16日
- 読了時間: 3分
2026年6月13日
去る5月25日、いつものように家内を寝かせ、会社の仕事を処理して、日付が変わる時刻NETFLIXを静かに押す。いつもの弁護士、刑事、裁判官、探偵なんでもよかったが、この夜は、お気に入りが探せず、寝床に入った。
胸の痛みに起こされて、目覚まし時計を見たら午前2時だった、痛みが結構あった。チョッとやばいと思い、トイレに入って用を済ませ胸を押さえ、二階の息子を呼んだ。家内も起こして、「胸の傷みが強いので、救急車を頼みたい」と伝えた。
直ぐに息子がどたどたと降りてきた。この一二年、家内の心不全の発作で、夜中に救急車を頼む事が何回か有ったので、手際よく救急車を呼んでくれた。五分位で、ピーポーが聞こえた。幸い玄関までは歩いて、タンカーに乗らせて貰った。意識は割とはっきりしていて、「いつから痛かったのですか、入院、手術をしたことはありますか」と聞かれたので、「いや急に痛くなりました、入院・手術はしたことありません」と嘘を答えてしまった。実は、男の厄年と言われた42歳に狭心症で短期入院に始まり、サラリーマン時代は、その後も二度ドクターストップで、疲労回復の入院をした。独立してから20年の大晦日に、排尿が完全ストップして、前立腺肥大の診断され、即手術、それを機会に息子と社長交代。瞬間的にそんなことが脳裏に浮かんだ。
「これから病院に向かいますが、希望はありますか」と云われ、我に返った。妻が世話になって居る「カレス記念病院にして下さい」と頼んだ。
そこは、当日、循環器の夜間当番病院だが、満杯ということで、断わられた。真に残念だった。
次に東区の「札幌心臓血管クリニック」と繋がって、救急隊員は「そこで良いかと聴いてきた」。私は痛みに堪えている最中に、「なんでそんなことを訊くの、早く救急車をうごかしてくれよ」と思った、いちいち本人、家族の同意が必要らしい。
ようやく救急車が動きだした。しかし、「ずいぶんスピードが出ないなア」と言おうかと思ったが、我慢した。
救急入り口に到着するなり、慌ただしくスタッフが検査を開始、ひどく命が危ないみたいな会話が聞こえ、男の若い看護師が仰向けになって痛がっている私の顔にかぶさってきて、何かを読み上げ、「この同意書に直ぐサインをして下さい」と迫ってきた。近くに息子が居るはずと思ったが、内容も聞き取れないまま、青インクのボールペンを持たされ、サインした。
即座に「股関節からカテーテルを血管に入れますので、ここをそります」と、女性看護師が、いきなり前開きパジャマをめくって、電気カミソリを当てた。ジージーと音が聞こえた。全くデリカシーがない.
ところが、程なく手術が始まったようだ。スタッフの会話は聞こえるが、何にをどうしているかは、全く自覚は無い。方針転換でカテーテルは右手首から入れて、治療をしたと後で聞いた。触ってみると、確かにそうだ。
目を覚ますと、さすが専門病院で手術は成功したようで、胸の痛みは全くなくなった。
(写真は、札幌ハートセンター三階病棟から夕陽を眺めた風景です)




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