80歳のスタート
- 公彦 漆

- 4月6日
- 読了時間: 3分
今日は、私の80歳の誕生日です。この数か月、どういう風に誕生日を越えようかと随分考えていたんです。
夕方、会社の伊藤さんから「80歳おめでとう」、横田さんから「今夜の月は、満月です。おめでとう」会社の帰り道、豊平川の当りで、電話をくれました。女性は優しい。胸がホッとして仕舞いました。
息子家族が「父さんの誕生日には、帰って来るから」と言って、孫たちの終業式の翌日、本州に家族旅行に旅立ちました。三食一週間分の食糧が、冷蔵庫の中に鮨詰め状態で入っていました。いつもと違って、黒ラベル6缶パックが入っていました。
「俺たち、こんなに食べるのかい」と二人してつぶやきながらも、息子たちの思いやりに感心。三食自炊生活が始まりました。
一週間、久しぶりに二人きりの静かな生活で、三人のかしまし孫娘達が居なくなった寂しさを愉しむ事になりました。
息子たちは、フェリーと下の道を通り、伊豆半島まで行って元気で帰ってきました。騒がしい日常が戻ってきました。
二番目の孫娘は「おじいちゃん寂しかったかい、またうるさくなるからね」と、こっちの心を見透かした。夜は皆で、いつものように手巻き寿司と80の文字入りロウソクのバースデイケーキで、祝ってくれた。酔い覚ましに庭に出ると、東の空に満月が輝いていた。「嘘じゃなかった」と思った。末の孫娘が「大きなお月様だね」と言った。
さて、私の80歳の日をどう迎えるか。私は、今年の正月、妻と庭に仏壇に供える花と、朝と昼の野菜を作ることを、家族全員に話し、賛成を得ていました。それを実行する為、雪解けを待って、庭に降りて、庭づくりをはじめました。
母親残した植栽を残しつつ、昨年モクレンの大木は、昨年私の目の高さで伐採しましたが、数年間の腐葉土にならない落ち葉がずっしり積もって居て、大変難儀致しました。行者ニンニクがごそっと出てきたのには、感動しました。山わさびも太くなっていました。たわしでごしごし洗い、夕食に備えました。
でも何とか、ここまで3月31日までには、冬囲いと雑草取りは終わり、子供達の帰りを待ちました。
今年からは、いよいよ二人で、自宅栽培庭づくりが再開致します。これがささやかな80才の誓いでした。
いや、このブログを書きながら、会社の前庭の花壇、菜園の手入れを思いだしました。この件は、大事なことで、毎年野菜の苗木を20本くらい買ってきて、畑を起こして、植えるのですが、手入れが出来なく、カラスの餌になって、収穫がほとんどできなかった。頭の痛い問題が残って仕舞いました。会社の従業員、来訪者の顰蹙をかっていましたので、なんとかしなければなりません。
次号にて、解決策をご報告いたします。





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