ぶどうと、とうきびの話
お盆に東京の兄から、仏壇に供えてくれと、今年はシャインマスカットを送って来た。毎年律儀に何かと結構高級な供物が届く。先ず、仏壇にお供えして、有難く家族でいただく。電話で礼を言い、互いの健康状態を確認し合う。但し、今までお届け物のお返しをしたことがない。
二年に一回は、先祖の墓参りにきて札幌市内にいる二人の姉夫婦と私の家に寄って、仏壇に手を合わせてくれるので、歓待する。最近は、酒を飲まず、お茶とお菓子程度になり、早々に、夫婦で北海道旅行に忙しく旅立つ。
さて、本題です。わが家のぶどう棚のぶどうが、今年は豊作で、食べごろになり始め、摘まんでみた。プチっと噛むと、雫が滴ってきてとても甘酸っぱい。ふとお盆のマスカットの味を思い出した。確かにに皮ごと食べてられて、種を出す手間が無く、面倒臭さは無いが五十年前に母が植えた老木のぶどうの方が断然甘いと思った。種を出すと、酸っぱさが舌に残りが、私はそれも好きだ。庭のウッドデッキで妻にも味見させて、感想を聞いた。私と同じことを言ってくれたので、うれしかった。もう少し熟すと、更においしくなるはずだ。
つい先日、いとこ夫婦が、家庭菜園で収穫したと言って、ホワイトトウモロコシとジャガオモを袋一杯に入れて寄ってくれた。久しぶりの再会で、家族同士の無事を確認し合った。いとこが生でも食べれるというので、早速むいてガブリと食べてみた。確かに甘いので、「うまいねえ」と返した。いまのトウモロコシは、みんなこれだという。塩をこすってラップにつつんで、3~4分レンジでチンすると、茹でる手間は要らないという。
早速、妻とやってみた。湯気が出て、熱々に出来上がり、とうきびの匂いが立ち込めた。
少し冷まして、粒を取とろうとした。残念ながら、粒に硬さが無く、爪を立てると皮だけが取れて来て、中身が一緒に外れて来ない。勝手が違った。粒の列が出て来ない。以前の黄色いとうきびのように、粒をきれいに外していく醍醐味が無い。ガブリと食い付くしかなく、なんとも行儀の悪い食べ方になって仕舞う。歯ごたえのあるとうきびが懐かしい。
「シャインマスカット」も「ホワイトとうろこし」も長年の品種改良の苦労の成果と賞賛されているが、80歳の昭和世代には、世の中の変わりようが違った方向を向いているように思えてならない
ひょっとして、アメリカからやってきた種なのでしょうか。テレビを見ていると、ジャガイモの種いもが自由化されて、アメリカのジャガイモを味わう事になりそうだ。男爵イモ、メイクイーンは、どこに行くのでしょうか。





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