言葉を持たない熊たちの運命どうなるか
- 公彦 漆

- 11月20日
- 読了時間: 3分
毎日、テレビを観ていると加害者の熊と被害者の人間との戦いの構図が定着して、市中に出てくる熊は、政治と行政の介入で、全て殺処分しなけれならない方向となってきました。もったいなくも、とらえた熊は、穴を掘って埋めてしまうそうです。
熊の猟師は、山の神のおさがりとして、先ず「熊の胆」を取り出し、皮を剥ぎ、内臓、肉、血と分け、骨までも、人間が余すことなく活かしてきました。
先人たちは、自然の恵みとして頂き、恐ろしい熊に畏敬の念をもって、その領域たる山奥には、おいそれと近づかない距離感を維持してきました。
私は、そんなことを考えていた時、テレビ映し出される舗装道路を逃げまどって走る子熊と心配げな母熊の姿から、ふと言葉を持たない「熊の言い分」を聞いてやりたくなりました。
そうしたら、まだ薄暗い未明の布団の中で、子熊が夢に現れて来ました。そして熊の親子の日常が物語になって、どんどん頭から出て来ました。以下、その内容です。
「僕は、北海道の山奥で生まれたヒグマです」
母さんは、僕をヒグマの子供「ヒータン」と呼んでます。僕は、山の木の実をたくさん食べた母さんに抱かれて、おっぱいをたくさん飲んで育った。僕には姉さんが居たが、いつの間にか居なくなった。母さんは姉さんのことは、何にも言わない。
母さんの躾は厳しく、昔からヒグマは山の神様であったこと、アイヌの人々からは神と崇められ、恐れられていたと。だから人間と交わってはいけない、絶対に近づいてはいけない。この山奥で生きていくよう厳しく育てられた。
母さんは、それと昔話をたくさんしてくれた。人間の恐ろしさも言い続けた。もし人間に会ったら、絶対に気付かれないように後ずさりして、母さんの所に逃げて来なさい云われて居た。母さんは、人間のことを沢山知っているようだ。
でも母さんの言い付けを聞きながら、心がザワザワするようになった。人間が近くまで押し寄せてきている息苦しさだ。
僕が、薄暗い夕方の山道を寝ぐらに帰ろうとしていた時、はるか向こうに一点の灯りが見え人間の気配と臭いを感じた。若い好奇心で、恐る恐る繁みに隠れながら近づいていった。いままで嗅いだことのない匂いが鼻をつつみました。人間が一人で何かを食べていた。しきりに意味のわからない言葉が聞こえた。
火が燃えていたので、あまり近づけず、寝ぐらに帰った。母さんには内緒にして、朝又、そこに行ってみた。もう人間はいなく、残された食べ物の小さな欠けらだけがあった。何故かおいしかった。
僕は、人間の残した臭いを頼りに後を追い掛けることにした。かなり走った。僕は鼻がいいのが自慢で、直ぐに分った。
ここがどこか分らないが、何人か人間が居た。ヒロシ!ヒロシ!と皆が呼んでいたので、ヒロシという名前だと分った。母さんは僕の鼻と頭は熊一倍いいと言ってくれていた。母さんも人間の言葉が分っているようだ。
以下、次号にて




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