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「冬眠の洞穴にて」

母さんは、今年は父さんが帰ってこない洞穴で、寝付かれないとよく昔話や先祖の話をしてくれた。ぼくは母さんの昔話がだいすきだ。

遠い昔、アイヌも今のような人間もいなかった頃、熊とオオカミと鹿が争い合う以外は、もっともっと豊かな自然があって、しあわせな暮らしが永く永く続いていた。雪深い冬が来ると熊の家族は冬眠に入る。冬眠のお陰で熊は何千年も、この山奥で生きてこれたのだと、母さんは僕に言った。

母さんは、直ぐに僕を産み、春まで飲まず食わずで、うんこもおしっこもしないで雪解けの春を待ったという。僕はすっかり成長し、野山を駆け回る。母さんは、痩せてしまってふらふらになって、洞穴から出てくる。

そして直ぐに僕の餌を探しに春の山を駆け巡る。山里離れた、深い森の中で、家族を守る一番安全な生き方、これを続けることが一番大切と繰り返した。

母さんに抱かれて聞く昔話は、楽しい話ばかりは無い。洞穴の中では、退屈しなかった。自然の中で強く生きる知恵も、厳しく教えてくれた。

狼の話だけは怖かった。この山にも狼が居た。狼と熊は、いつも食いつ食われつの関係だったと言う。だけど、ある時人間が狼を全部殺してしまったので、僕たちは、狼を知らない。それで、鹿がどんどん増えてきたと、母さんは言う。山の中の木の実は鹿と競争で食べた。鹿は木に登れないが、僕たちはてっぺんまで、木登りが得意だ。熊は鹿をたべれるが、すばっしこいので、中々捕まえられない。


さて、母さんと僕が、地の底からものすごい地鳴りが聞こえて、目が覚めた。深い雪で外には出られない。毎日毎日、地鳴りが続いた。ドーンという音には、さらに怖くなった。ようやく雪が解け始め、洞穴から這い出た。

目の前で、山におおきな穴をあけている。大きな道路も出来ている。山を削って家がたくさん建っている。僕たち家族の山奥が真っ二つに切り裂かれていた。人間の臭いが立ち込めていた。恐怖に襲われ、山奥に逃げ込んで、しばらく震えが止まらなかった。

しばらくは、何も手に付かなかった。でも母さんは動き始めた。山を下って行った。僕は母さんが心配なので、あとを付けた。

母さんが、突然人間と出っくわした。人間が大きな声を出したので、母さんは慌てて戻って来た。しかし、更に人間が大きな声をだしたので、母さんは振り返り、人間を追いかけ、熊のりになった。「ヒータン逃げて」人間は大けがをした様子だ。人間が大勢あつまってきたので、僕たちは、山の中に逃げた。帰ってみると、僕たちのねぐらはもう無くなっていた。

僕と母さんは危険を感じて、更に山奥に逃げたが、大勢の人間たちが、追いかけてきた。母さんは鉄砲を持っていると叫んだ。

山の中も、山の下も人間でいっぱいだ。僕らは、さらに奥深い山を登った。母さんは、突然、いままで聞いたことの無い大きな声を挙げ始めた。しばらく、遠くの山に向かって叫び続けた。

母さんは、狼が猟をするとき暗くなる頃に遠吠えをして仲間を集めて熊を襲った言う。

母さんは、熊は仲間と一緒に猟をすることはないが、遠くの仲間と話しをすることが出来るという。それは「やまびこ通信」だという。母さんは、続ける「皆で、山を下りて、人間の世界に踏み込もう」と叫んでいるようだ。山から山へ「やまびこ」が伝わり、困っている仲間は、山を下り始める。仲間の犠牲も出るが、家族と仲間を守るには、これしかない。母さんの決意は固いようだ。

以下、次号。


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