鮭の飯鮨と新聞報道

今年は、鮭の不漁で手に入らないと思っていました。テレビを見ていると、今年鮭の網にはブリばかりで、鮭は数匹しか混ざっていない映像が出て店頭にも出回っていないと。

いよいよ地球温暖化の影響がここまで来たかと悲嘆に暮れて、今年の飯鮨漬けを断念しようかと思っていました。


飯鮨を大晦日に間に合わせるには、40日前の11月20日までには漬け込むというのが、おふくろの時代からの我が家の決まりでした。

 私が昭和49年、日本中を震撼させたオイルショックの年に、臨月の家内一人を臨月ではないと偽って全日空の札幌行きの便に乗せ、北海道に行かせました。札幌の実家に着いたとたんに陣痛が始まり、急遽市内の助産院に入院、追っかけ帰省した私はそこで、長男と初対面でした。


鮭の話が横道に逸れてしまいました。私が帰省後に義兄の紹介で住宅会社に就職し、自宅を新築した翌年だったでしょうか、家族と千歳のインデアン水車を見に行きました。そこで、

すじこを抜いた鮭、いわゆるほっちゃれが確か一匹500円で売ってました。あまり買うひともいない感じでしたが、おふくろの土産にと買いました。生きたやつめウナギも買いました。


 詳しいことは忘れましたが、そのほっちゃれを飯寿司にする相談がまとまり、義母と家内とで始めました。脂の抜けた鮭でしたが上手かったので、数年はインデアン水車に買いに行ってました。

 ハタハタが消えて、しばらく途絶えていたおふくろの飯鮓がほっちゃれで復活し、新に我が家の伝統料理となりました。

家内は、同時にニシン漬けなどの北海道の漬物を覚えて、いまも食卓をにぎわしてくれています。


 数年前あたりから、同居の息子夫婦が漬物づくりに参加し始めました。近所の農家の畑を借りて、野菜を作っています。今年は大根が豊作で、家内の友人が作ったキャベツ、会社の庭先に植えた鷹の爪などほとんどの食材が揃って飯鮓づくりが11月28日に実現しました。家内もこの時ばかりは、腰を伸ばして、息子に気合を入れながら、一樽漬け上げました。


 さて肝心の今年の鮭は、どうして手に入ったか。親戚筋のご縁で、思いがけず完全冷凍の生鮭を10尾ほどいただきました。この仔細は、今言葉にするには少しはばかる訳があり、居ないと思っていた鮭がこんなところに回っているのかというお話は後日の機会とします。


10尾は、どう考えても食べきれないので、周囲の方、社員の皆さんにもおすそ分けして、飯鮓の材料に致しました。

 しかしながら、解凍仕立てを樽に仕込む前に刺身でいただきました。店頭、回転ずしでいただくものとは大違いで、格別の歯ごたえがあり、こんなにうまいものかと驚きました。ごちそうさまでした。今年の大みそかの少し早い樽開けが待ち遠しい。


 漆 公彦





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