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妻の居ない正月風景

昭和49年夏、臨月の妻が、私より一歩早く千歳に一人降り立ち、私の実家札幌に向かいました。大きなおなかで、どうやって実家にたどりついたか、一度も聞いておりません。


父と長兄とは、東京で会っていましたが、見たことのない北海道の大地を踏み、初めて会う私の家族の待つ実家に無事着きました。疲れと緊張のためか、早速、陣痛が始まり、産院に入院。男の子の誕生でした。

私は、長野県下諏訪で、山奥の建築現場の監督見習い身分で、仕事の後始末に手間取って一週間遅れで帰省、妻子の待つ産院に直行。涙の対面でした。


あれから数十年、写真の通り、家族が増えてしまいました。本年元旦のお年玉交換会の風景です。弊社HP担当の伊藤さんの強い勧めで、恥ずかしながら掲載となりました。

一昨年、初めての曾孫の誕生で、子供、孫、嫁たちで総勢28名、私の存命中には40名は超えるのかと想像してしまいました。

この部屋には、入りきれない、このままの相場でお年玉を続けると、老後は破産の悪い初夢を見るかもしれない。


さて今年は、私の帰郷以来、初めて妻の居ない正月でした。昨年10月から入院生活が続き、コロナ禍で年末年始の帰宅が許されなかったためです。

元旦朝のお雑煮を全員でいただいて、待ちに待った「お年玉大会」が始まります。長男、次男、三男、長女から、そして私ども夫婦から孫たち全員に配られます。妻からはお嫁さん方にも配られるのですが、今年は私が妻の代理を務めました。


喜びいっぱいの孫たちの顔を見て、私も満足でしたが、妻がいない正月の寂しさは、ブログを読んでいただく皆様には言葉には出来ない。

昼前には、皆それぞれに散って行き、同居の息子家族も函館に旅立ち、遂に私一人が残って、一週間正月料理の残りを、食中毒に気を付けながら冷蔵庫の中を整理しました。

しかし、一人が食べる量では、なかなか減っていかない。お酒だけが、ぐんぐんと減ってビールが底をつき、コンビニにはじめての買い物となった。


一つ良かったことが在ります。昨年11月、長年の夢であった文芸春秋の年間講読に申し込みました所、早速12月10日に新年号が届き、付録がいろいろ付いてきました。グリコみたいだと思わずにんまり。そのうえ年間一冊分お得なようです。

一冊読み切ることは、なかなか難しいが、80%位は読めたと思います。2月号も書店に並ぶ前に届いてびっくり。センスのいいカレンダーの付録も入っていました。

付録は病み付きになりそうです。心憎い作戦にはまりました。


今年は、雪と寒さの中、6日月曜日に仕事始めで、あわただしくしている中、13日妻が退院し、3カ月の闘病生活から生還しました。

まずまず、杖突きながら歩けるまで回復して、家族の日常生活が始まりました。

本年も皆様のご多幸、ご健勝をお祈り申し上げます。


2023年1月20日



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