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増田明美に会いました

9月1日の日曜日、石狩市の主催で、石狩サーモンマラソンがありました。私は、石狩交通安全父母の会の会長で、妻と共通の友人の声掛けで、マラソンコースの車両誘導係というボランティアに参加致しました。

 前日は、夜中からひどい雨でしたので、ちょっぴり中止になればいいなと悪い期待をしましたが、天気予報も不思議と当たり、晴天の暑い一日でした。


 レースが始まって、30分後くらいに少し大きめの集団がやってきました。確か黄緑色っぽい運動着に増田明美の黄色いゼッケンが眼に入りました。やっぱり来てたんだと思いました。残念ながら目と目を合わすことは出来ませんでしたが、小柄で、少し猫背っポイ感じで、選手に囲まれながら通過して行きました。増田明美の夫というゼッケンの男性も走っていったと、一緒に車両誘導係の私の弟が見たようですが、兎に角夫婦お二人で特別参加の様です。


 北海道に戻ってから約50年ですが、全国的な有名人で直接肉眼でお目に掛かることが出来たのは、天皇陛下御夫妻と増田明美さんだけでした。

 追っかけて行って、よく見たいと思いましたが、誘導員のジャンパーと紅白の旗をもっていたので、その場を離れることが出来なく、残念無念でした。

 彼女の現役時代は、よく覚えていて、小さい体と、童顔で本当によく走っていて感動したものですが、ある試合で、力尽きて道路端に倒れ掛かり、よたよたと体を揺らし、命に体制を立て直そうとする姿をテレビで中継を見ていた私は、だれか助けてやれないかと歯がゆい気持ちでした。

 これは、本人が試合放棄しなければ、誰も手を掛けられないとの解説で、私も納得せざるを得ないことでした。

 彼女がその時どうしたのかは、もう思い出せませんが、再び多方面の活躍を久しぶりに拝見すると、あの情景だけは鮮明によみがえってきます。


 78歳にして、炎天下路上に2時間半たち続けるという経験は初めてでした。暑さも厳しく、小銭を持っていくのを忘れて、すぐ目の前のセブンイレブンでアイスを買うことも出来ず、久しぶりに忍耐を味わいました。

 しかし、帰りにお弁当があたりました。佐藤水産の蟹と鮭の鮨弁当を、手に持って自宅に戻ったのは、ちょうど12時5分前、夫婦で、弁当を開きました。お茶もついてました。

 皆さん、来年のサーモンマラソン参加しませんか。選手でも、ボランティアでも。

どちらでも、いい汗掛けますよ。




 

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