昨日9月17日は十五夜で、全国的に晴れの予報通りとのことだ。満月が見られることを期待して、ウッドデッキに垂木の端材と小さな板で、お供えの台を作りました。庭に生えているまだ穂の出てない薄木と青じそ、ミョウガの葉物に適度に鋏を入れ、花瓶に詰め込んだ。
トマトを串刺しにして、彩を付けてみた。会社の畑から、曲がったキュウリを数本取って、割りばしで手足を付けて飾ってみた。これは何のおまじないだったかは、どういう訳か、思い出せない。
孫たちは喜んでくれたが、もうそのうん蓄は語れない。肝心の白玉団子は忘れてしまった。去年は嫁さんが用意してくれたはずだ。彼女を咎めるのは控えて、私のうっかりミスということにした。孫は残念がった。
さて、夕やみが迫る6時を回って、二軒隣の松の影から光を放って満月が白い光を眩く放しながら上がってきた。周囲が少しづつ明るくなっていく。
妻を呼んだ。ベランダの敷居を跨ぐスロープから車椅子を押して外に出た。月を指さした。「わあ、すごい」と声を上げた。
すっかり秋の気温で、風がほとんどなく、心地いい。夏の暑さが遠い思い出となった。
思った以上の月明りで、伸びすぎた庭の植物たちが、ベランダに覆いかぶさって、庭に足を踏み入れることが出来ない状況が、はっきり見える。
そういえば、4月に雪囲いを外してから、全く庭の手入れをしていなかった。
いつもの年ならば、お盆の夏休みには、二日がかりで自宅と会社の庭いじりをするのだが、猛暑で、全く手を付ける気力を失っていた。妻も「やめとけ」と言ったのを、幸いに外には出なかった。
十五夜の翌18日、心機一転、庭におりました。いつもは黒い地肌が見える通路には、草がびっしり生えて足の踏み場所がわからない。
先ず、伸び切ったぶどう棚の枝を払って、光が入るようにした。シーズンが終わった花も刈り取って、歩きやすいようにしたら、それだけで刈った草の山が出来てしまった。一時間ほど働いてみた。ブドウが食べごろに熟れて、早速つまんでみた。昨年より、房は少ないが、粒が大きく甘い。妻と孫を呼び、味見させた。喜んでくれた。庭いじりで、私は生き返った。
仕事帰りに寄った親船に住む実弟にも食べさせてみた。「妻に持って帰りたい」と言って、鋏を持って、ぶどう棚に向かった。
夕方のテレビで「本当の満月の日は今日18日」と気象予報士のお兄さんが余計な事を云った。昨日の満月は何だったのかと思ったが、午前0時過ぎ、ベランダに出て、本当の満月を見た。雲は全くなくお月様は、頭上にあった。確かに、昨日より明るい気がした。
一人で月灯りを楽しもう。早速、大きめのお猪口に氷を三個入れ、ウイスキーを注ぎ、飲み始めた。しかし間もなく、肌寒さに耐えられず、寝床に向かった。
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